Wednesday, March 3, 2010

安息日

「安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。」 (出エジプト記20章8節)

私の生まれた家はきよめ教会でした。 私の祖母、松田きよが伝道師(牧師)で、祖母はよく病院伝道、牢屋伝道をしていました。 戦前からのホーリネスの群れでした。 しかし、ある時(再臨問題、イスラエル問題)から監督派と教授派に分かれました。 私の教会は監督派でした。 四大祷告をしていました。
 1、神の国のリバイバル
 2、イスラエルのため
 3.日本の救いのため
 4.キリストの教会のため

太平洋戦争では、日本は天皇の国家を作ろうとしていましたので、四大祷告の一つ、神の国が問題となり、そのお陰で聖職者は牢獄に捕らえられ、ある者は迫害され、牢獄死、ある者は生き残りました。 その迫害は太平洋戦争が終わるまで続きました。 その生き残りの一人、尾崎喬一先生がきよめ教会を再建されました。

そこからが判りません。 戦前は、きよめの群れは日曜日礼拝でしたが戦後、私が生まれた時には土曜日礼拝をしていました。

私は安息日が土曜日だと教えられて育ちました。 私が大学生の時、超教派でアシュラムという集会が持たれ、その集会に参加しました。 そこからほとんどの教会が日曜日礼拝をしていました。 アシュラムに参加された広島の中でもう一つの教会、サンビ教団が土曜日礼拝を守っていました。 私の父はクリスチャン経営者でしたから、父の経営する会社も土曜日を休みました。 現在のきよめ教会は日曜日礼拝をするようになったと聞いています。

私はアシュラムの集会で、家内(日本基督教団、流川教会員だった)と付き合いを始めて広島ホーリネス教会の礼拝に出席するようになりました。 ほとんどの教会が主の日を記念して日曜日礼拝をしていましたので、この点で私は大きく悩みました。 20年以上、土曜日礼拝をしているのに? ユダヤ人も土曜日を守っているのになぜ、日曜日礼拝なのだろう? 日曜日礼拝は、イエス様の弟子、ユダヤ人たちが守っており、キリスト教が広まってローマ帝国が国教をキリスト教に制定した時から世界中に広まったと言われています。
「週の初めの日に、私たちはパンを裂くために集まった。」 (使徒の働き20章7節)

今の私は、イエス様を中心にして生きる事にしています。 イエス様の復活を記念した日曜日にホノルルキリスト教会(ホーリネスの群れ)で礼拝をしています。


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