神の手の中で

「私は、見張り所に立ち、とりでにしかと立って見張り、主が私に何を語り、私の訴えに何と答えるかを見よう、、、
見よ。心のまっすぐでない者は心高ぶる。しかし、正しい人はその信仰によって生きる。
、、これは、万軍の主によるのではないか。」
(ハバクク2章)

ここ最近、凄いスピードでハイテクノロジーが進んできました。 今年の話題は山中伸弥教授がノーベル賞を受賞した事でしょう。 世界の国では、科学技術者の範囲が広がったことに喜んでいます。 これからのビジネスの事で世の中は喜んでいます。

私はキリスト教信者ですが、この事を賛成とか反対はしません。 これらは全て天地を造られた神さまの手の中にあるからです。 ハバクク書を読んでいるとそれらの意味がわかってきます・
今はもう世の終わりが近い時です。 これらの事がどんどん出てきても不思議ではないのです。 天地創造主の手の中で人間が神のようになろうとする人がたくさん出てきますが、その中で人間がどのように生きようとするのかを問われています。  神さまの存在を抜きにして高ぶる人になるのか? または謙遜になろうとするのか?

    人と神さまの関係を聖書はこう伝えています。(伝道の書から)

  • 実に、知恵が多くなれば悩みも多くなり、知識を増す者は悲しみを増す。」
  • 「人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。」
  • 「私は知った。神のなさることはみな永遠に変わらないことを。それに何かをつけ加えることも、それから何かを取り去ることもできない。神がこのことをされたのだ。人は神を恐れなければならない。今あることは、すでにあったこと。これからあることも、すでにあったこと。神は、すでに追い求められたことをこれからも捜し求められる。」
  • 『あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない。」と言う年月が近づく前に。』

確かにその技術だけを取り上げてみると素晴らしい事なのですが、世界中で飢餓、災害、戦争、貧富差、環境汚染、凶悪化する社会、家族分裂はそれ以上に大きな問題となっています。
まず自分が解決しなくてはならない問題を解決しなければ何も始まらないのです。

神さまと自分との第一歩が大事なのです。
「自分の労苦に満足を見いだすよりほかに、何も良いことがない。これもまた、神の御手によることがわかった。」(伝道者の書2章24節)

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