パン種


パリサイ人やサドカイ人たちがみそばに寄って来て、イエスをためそうとして、天からのしるしを見せてくださいと頼んだ。 しかし、イエスは彼らに答えて言われた。 「あなたがたは、夕方には、『夕焼けだから晴れる。』と言うし、朝には、『朝焼けでどんよりしているから、きょうは荒れ模様だ。』と言う。 そんなによく、空模様の見分け方を知っていながら、なぜ時のしるしを見分けることができないのですか。 悪い、姦淫の時代はしるしを求めています。 しかし、ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられません。」そう言って、イエスは彼らを残して去って行かれた。』(マタイ16章4節)

 イエスさまは異邦人の住むガリラヤ湖の岸で素晴らしい御業を行われました。 足の不自由な人、目の見えない人、口の利けない人などを癒し、人々はイスラエルの神をあがめたと言われています。 そして4千人以上の人たちに7つのパンを与えたら、パンの残り、神の恵みが七つのかごにいっぱいになったそうです。

 イスラエルの神というと先日、悪霊につかれた娘の異邦人の癒しが行われました。 イエスさまは異邦人も癒されるのだと聞いてたくさんの人々がイエスさまの元にやってきたようです。

 私の推測ですが、パリサイ人やサドカイ人はそこには行かなかったと思います。 すぐ近くの所でしたが、そこにはユダヤ人の嫌いな汚れている人、異邦人たちで溢れていたのです。 そのような所へ行くと自分も汚れてしまうと行かなかったのです。 その奇跡の後、イエスさまはマガダン地方、即ちパリサイ人やサドカイ人の支配の及ぶところへ行かれました。 そこで一番初めに出会ったのが、パリサイ人とサドカイ人でした。 パンがすぐに手に入る所だったので、弟子達がパンを用意していなかったのでしょう。(後にパンのことで議論を始めました)

 不思議なのが、対岸でイエスさまが大きな奇跡をしたのに、そこには癒しの必要な人たちが来たのではなく、律法学者たちでした。 そして天からのしるしを見たいと言ったのです。 イエスさまよりも、彼らにとって天のしるしが大事だったのです。 またその土地の人たちも、律法学者を怖がってイエスさまの所へ行かれなかったのです。

 イエスさまはヨナのしるし(悔い改め)以外はここで与えられないと言われ、去って行かれました。 その地にはパリサイ人とサドカイ人のパン種のせいでイエスさまの伝道が出来なかったのです。 本当は救いの必要な人達がいる所でしたが、阻止されたのです。
 対岸で大きな奇跡が起こり、たくさんのパンの残りであった恵みがパリサイ人とサドカイ人のパン種に消されてしまったのです。 しかし、その場所を去った時、ペテロは「神の子キリストです。」という告白をします。

 命のパンは聖書のことです。 聖書はイエスさまの事です。 しかし、律法学者の手によって、食べ残ったパン切れの恵みが消えてしまったのです。 私たちもしっかりと聖書とイエスさまの恵みによって生きるものとさせていただきましょう。

 私の地域、あなたの地域は神の恵みで満ち溢れていますか? もし、満ち溢れていないようでしたら、悔い改めをし、悪いパン種を捨てて恵みで溢れるようにして下さい。 もしかしたら、あなたの家庭から恵みがあふれ出るかもしれません。 祈っています。

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