グッドフライデー


 今日はグッドフライデー、イエスさまが、世界中の人々のために十字架におかかりになられた日です。
 この日を記念して、キリスト教では礼拝が持たれます。 ユダヤ教では過越しの祭りが行われます。 クリスチャンとユダヤ人は同じ事をしているのですが意味が違うのです。 個人的レベルからの救いからは同じことですが。民族的に見ると違うのです。

 今日は私の頭から離れない聖書の言葉があります。
「家を建てる者たちの見捨てた石。それが礎の石になった。これは主のなさったことだ。私たちの目には不思議な事である。」(マタイ21章42節)(詩篇118篇22-23節)

 マタイの福音書はイエスさまがお生まれになった後に書かれたものですが、その聖書の言葉は詩篇、すなわちイエスさまがお生まれになる前から預言なされていたことです。 その聖書の預言に従って、生まれた救い主のイエスさまをユダヤ人はイエスさまをゴルゴダの丘に十字架をかけて捨てました。 これは歴史の事実なのです。 聖書を書いた民、ユダヤ人がイエスさまを殺したのです。 その結果、イエスさまの福音が世界中に広まることになったのです。

 ユダヤ人は「イエスさまを殺したのは、私たちではなくローマの兵隊たちだ。」と言い張って逃げているのです。 直積的ではないけれども、イエスさまを殺そうと指示した人はユダヤ人の律法(聖書)指導者たちでした。
ところがユダヤ人以外の人たちは今も「イエスさまを十字架につけて殺したのは私です。」と言っているのです。 私もこの告白に賛同します。 もっと凄いのは、約2000年前の十字架刑は私のためでしたと言えることなのです。
 その人たちが、その告白をした時に、イエスさまの心が私の所に入って来て、不思議なことが起こるのです。 私とイエスさまの関係をしっかりすると、家族に救いが、また人々の救いが伝えられるのです。 良くても悪くても、イエスさまの福音が伝えられているのです。 キリスト教という宗教、教えであればそれは何の力にもなりません。

 しかし、個人的にイエスさまとつながる事によって、イエスさまの十字架との関係をいつも新しくし、人々にその福音を伝えることが出来るのです。 またイエスさまの心を知るために生きているのです。 それは、全ての人が救われて永遠の命を受けるためです。

『「み言葉はあなたの近くにある。あなたの口にあり、あなたの心にある。」これは私たちの宣べ伝えている信仰の言葉の事です。 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主として告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。 人は心に信じて義と認められ。口で告白して救われるのです。
聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」ユダヤ人とギリシャ人(異邦人)との区別はありません。 同じ主が、全ての人の主であり、主を呼び求める全ての人に対して恵み深くあられるからです。「主の御名を呼び求める者は、誰でも救われる。」のです。』(ローマ10章8-13節)

 イエスさまを信じませんか? どんな人、誰でも救われます。 それは救い主、イエスさまの約束だからです。 イエスさまを大事にする人は復活の恵みに預かります。

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