神の手の中で


 最近、「美味しんぼ」という漫画の中で日本中が風評被害の件で議論が広がっています。
 広島、長崎で原爆にあった人々、被爆した人と結婚すると放射能の影響があるからといって、差別されました。 それで、その被爆者たちはその事実を隠すために、被爆地を去って日本各国、もしかしたら世界各国に散って行ったのかもしれません。 結構、被爆者が現在、私が住んでいるハワイにもいるのです。
 明治時代から移民が始まり、当時広島にいた人達は、平地の少ない広島を離れ、ハワイやブラジルへと移民して行ったのです。 日本でも一番移民が多かったのは広島人だそうです。 その影響で、被爆者の人達は親戚が暮らしている海外の地へ新しい生活を求めたようです。
 
 話は戻りますが、私の祖父母、母は戦前からクリスチャンでありますが、キリスト教迫害の時代、第二次世界大戦を生き抜いてきた原爆体験者です。 しかし、不思議な神さまの御業によって原爆、放射能から守られ生きられたのです。高齢で召天しました。 被爆地から3キロ以内のところ、愛宕に暮らしていましたが、その場所は広島駅の裏にあり無事でした。  叔母は広島駅の電車の中で被爆、義母は宇品御幸橋付近の専売公社で被爆、いずれの場合も、大きなドアのようなものの下敷きになって守られました。 ドアが自分の上に無ければ強い原爆の放射熱線で焼け死んでいたのです。 幸い、命は助かったのですが、その後は、被爆地の放射能で苦しむ筈でした。 私の母は日赤の看護婦でしたので、原爆の翌日に被爆地に入り、被爆者の治療に当たりましたので、直接ではありませんが、放射能を浴びた被爆者でした。 そのような状態でしたが、神さまの恵みというほかありません。 義母は、被爆手帳を最初に交付されたという被爆者ですが、今も健在である事は不思議です。

 現在、福島原発事件後の福島で、放射能除去という気の遠くなるような作業が行なわれていますが、広島に住む被爆者も似たことで苦しむはずでした。 しかし、被爆から1ヵ月後に通過した枕崎台風(1945年9月17日)によって、土砂崩れが発生し、放射能は洗い流され、その代償として1200人以上の方が亡くなられたのです。 その当時の人にとって、神さまはなんとひどい事をなさるのでしょうということだったかもしれませんが、その代価として私たち家族は、放射能から守られて生かされているのです。 
 祖母が信じていたキリスト教は、アメリカ帰りの岡本吾市牧師により、広島で伝道なされましたが、太平洋戦争の時に国家の治安維持法により、捕らえられ弾圧を受けました。 幸い原爆の被害、政府からの弾圧から免れました。 しかし、これから弾圧が終わり、宣教活動をするという時に、大雨による土砂崩れによって、亡くなられました。 私は何故そうなったのかわかりませんが、これも神さまの手の中にあるのです。 なぜ神さまはそうなされたのか、いつか聞いてみたい事です。 本当に不思議な神さまの御手です。 

 最近、岡本吾市先生の娘さんは健在だと聞いたので、少し慰められました。 私たち家族はその大きな犠牲の中に神さま計画によって生かされているのです。 私は、その神さまの御心に従って生きたいと願っているのです。

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