聖書通読の勧め


 聖書には色々な、歴史や問題があり私たちに語りかけてきます。 イエスさまの時代でもそうです。 しかし、人は安定を求め聖い生活には興味がありません。 そうかといって、聖い生活をしていると言って褒めてほしい人、上に立ちたい人がいます。
 そこに人は隙を作り、人をつまずかす者になります。 しかし、本人は気がつかないのです。 そういう人たちを救うためにイエスさまは、はっきりとその人が気がつかない事を言われます。 愛があるイエスさまがはっきりと言われるのです。
 それだけではありません。 それを見て、聞いた人たちがその事実を書いているのです。 イエスさまは愛のある言葉だけ人にかけていたのでしょうか?

 ある時には、人の中にある弱ささえ追求なされました。 またそれを弟子たちも、使徒たちも聖書に書いたのです。 それは霊感によって書かれたのです。 わからないことがたくさん書かれています。 下にも一つの聖書の例をあげます。

 ある村にはいると、十人のらい病人がイエスに出会った。彼らは遠く離れた所に立って、声を張り上げて、「イエスさま、先生。どうぞあわれんでください。」と言った。イエスはこれを見て、言われた。「行きなさい。そして自分を祭司に見せなさい。」彼らは行く途中でいやされた。 そのうちのひとりは、自分のいやされたことがわかると、大声で神をほめたたえながら引き返して来て、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。彼はサマリヤ人であった。そこでイエスは言われた。「十人いやされたのではないか。九人はどこにいるのか。神をあがめるために戻って来た者は、この外国人のほかには、だれもいないのか。」それからその人に言われた。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰が、あなたを直したのです。」 (ルカ17章12-19節)

 イエスさまの時代、癒されることを求めている人が10人もいました。 全員癒されました。 ハッピー、ハッピーでは終わりませんでした。 本当に聖書が伝えたいのは、癒しも大事ですがそれ以上にイエス様のところへ戻ってきた人たちの信仰の姿勢なのです。

 また、私たちとイエス様との間に出来る隙間、その隙間をサタンが狙っていることを伝えたいのです。 私自身、目に見えないサタンの事は良くわかりませんが、イエスさまは、その事を聖書に書き残されました。
 それ故に、見えないもの、つまり自分の周り、また自分の隙間にある弱さを聖霊様が教えてくださるのです。 世の終わりにはサタンが暴れ周り、私たちと聖霊の間、特にクリスチャン同士を引き裂こうとしているのです。 まさに天上の戦いです。 お祈りしましょう。 私自身、その戦いに勝利でき、たくさんのクリスチャンもそこにたどりつけられるようイエス様に助けて頂きたいのです。

「主にあって、その大能の力によって強められなさい。悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。
 私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。 では、しっかりと立ちなさい。
 腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、足には平和の福音の備えをはきなさい。これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。
 救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。
 すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。」
(エペソ6章10-18節)

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