神さまと生きる


 私たち人間は、神さま(天地を造られた主)と共に生きるということを、求められています。 それは神さまと一緒の家族だからです。 私たちは天のお父さんのことを知って、天のお父さんの事を知るために生かされているのです。
 天のお父さんは、私たちが愛によって生きる事を望んでおられるからです。 何故なら「神は愛だからです」 そのように私たち人間をお作りになりました。
 その神の愛に生きる事を望んでおられるからです。 どうして判るのでしょうか? それは「聖書」のみ言葉によるのです。 この世は、神の言葉によって作られたからです。

 神さまと人間には、大きな違いがあって誰も神にはなれないのです。 ただ人間の手によってニセモノの神は作ることができます。 しかし、そこには愛も人との関係は何も無いのです。 天地を造られた神さまは、私たちに自由を与えてくださいました。 それは私たちが愛によって生きるように選択できるためです。

 ところが、この世には神さまの一番嫌がられる事があります。 それは天地の造り主である神を無視して生きる生き方です。 それは神の愛と大きく異なるのです。 自分が神のようになって、階級を作り出したり、人を差別したり、自分が人よりも正しい者としたりするような自慢話に明け暮れるのです。 それは、神さまよりも自分を褒めて欲しいからです。
 褒められる事は決して悪い事ではありませんが、天地を造られた神さま以上に褒められ、崇められるようになってはいけないのです。 そこに、私たちが天地を造られた神さまを大事にしているかどうかの違いがあるのです。 その事を、人は生きている間、一生学び続けるのです。 天の御国の生き方と、この地上での生き方が同じになる人が、天地を造られた神さまと永遠に生きることです。

 しかし、人間には弱さがあります。 その弱さが実は愛の原点なのです。 弱さの中に天地を造られた神さまの心と愛が詰まっているのです。 そこに十字架の愛を教えてくださった、神のひとり子、イエス・キリストがおられます。 イエスさまは、天の神さまが与えてくださった唯一の救い主なのです。 この方によってのみ、人の弱さのを克服し、取り去ってくださいます。 天地を造られた神さまが、神の言葉を示しイエスさまの誕生、弱さの克服、愛によって負けることの大切さなど色々な愛をお示しになったのです。

 一番の愛は、自分を愛するように、隣り人を愛するという生き方を私たちにお示しになりました。 私はイエスさまのようには生きれません。 しかし、イエスさまのような愛の心の中に生きたいと望んでいるのです。 それは私を通し、イエスさまの愛が伝えられ、人と共に励ましあい、永遠の神さまの愛の中に生きたいと切に望んでいるからです。

 それは、この世のものを第一として生きるのではなく、イエスさまを第一として生きる事なのです。 この世はいずれ滅びます。 それは永遠の都が現れるためなのです。 その時に、永遠の都に入りたいと願い、自分の妻、子供たち、親戚、隣り人との良い関係を作ることなのです。 それを神さまは望んでおられるのです。

『「先生がた。救われるためには、何をしなければなりませんか。」と言った。ふたりは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」と言った。そして、彼とその家の者全部に主のことばを語った。』(使徒行伝16章30-32節)

『あなたがたは主を恐れ、誠実と真実をもって主に仕えなさい。 あなたがたの先祖たちが川の向こう、およびエジプトで仕えた神々を除き去り、主に仕えなさい。 もしも主に仕えることがあなたがたの気に入らないなら、川の向こうにいたあなたがたの先祖たちが仕えた神々でも、今あなたがたが住んでいる地のエモリ人の神々でも、あなたがたが仕えようと思うものを、どれでも、きょう選ぶがよい。私と私の家とは、主に仕える。』(ヨシュア記24章14-15節)

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