私から見た戦後とフォークソング


 第二次世界大戦の歌というと、かなり政府の影響を受けていた。戦争が終わり、冷え切った世の中を立て直そうという働きが始まった。 まずのど自慢大会が始まり、人々はゆとりを音楽に求め始めました。

 しかし、世の中はというと米ソの冷戦が始まり、ドイツ、韓国、ベトナム問題と広がっている。 平和を求める日本は、何時その中に巻き込まれてもおかしくない状態でした。 そんな中、日本では高等教育を学ぶ学生が増えてきました。 そんな時、日米安保条約問題をしっかりと見つめようとする学生がドンドン現れてきました。

 学生として感じた社会や青春を音楽やギターを通し、人々にわかりやすく表現する音楽家が現れてきました。 この時代の音楽をフォークソングと言います。この現象は日本だけでなく、世界中で広がりました。(フランシーヌの場合、受験生ブルース、悲しくてやりきれない、戦争を知らない子供たち、小さな日記、希望、時には母のない子のように、真夜中のギターなどたくさん)

 これらの学生たちは、オールナイト日本などの深夜放送を聞きながら(ナガラ族)、受験戦争や新しい時代に立ち向かっていくことになるのです。

 その一方では、ジャーニーズ事務所、スクールメイツ、ポピュラーコンテスト、スター誕生などのタレント業界へと引っ張られていくものもいました。

 その中で理想と現実の中に苦しんでいる若者たちの間から、生きる目的を探す人がゴスペル・フォークや歌手の中から表れて来ました。山内修一師、小阪忠、岩淵まこと、本田路津子、久保田早紀などたくさん、歌手の中からも福音歌手となった胡美芳、藤田みどり、森祐理など色々な人が出ました。

 それから表現を大事にするものから、段々と音楽性を求め、ニューミュージックへと変わりました。

 これからも、どんどんと自分を表現する音楽が生まれてくることを願ってます。

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