悪霊からの救い


「汚れた霊が人から出て行って、水のない地をさまよいながら休み場を捜しますが、見つかりません。 そこで、『出て来た自分の家に帰ろう。』と言って、帰って見ると、家はあいていて、掃除してきちんとかたづいていました。 そこで、出かけて行って、自分よりも悪い他の霊を七つ連れて来て、みなはいり込んでそこに住みつくのです。 そうなると、その人の後の状態は、初めよりもさらに悪くなります。 邪悪なこの時代もまた、そういうことになるのです。」(マタイ12章43-45節)

 聖書では、人は人の中に入り込む悪霊を追い出す事は出来ますが、退治する事が出来ないのです。 そこで注意しなくてはならないのは、悪霊を追い出す事ができるのは悪霊が一番嫌いなイエス・キリストとその弟子達だけなのです。

 悪魔は堕落した天使の事で、悪霊は悪魔が利用する霊の力です。 悪霊は良心を嫌います。 悪霊の最大の問題は、天地を造られた神の存在を無視する力です。
 その手始めとして、人を誘惑し良心をマヒさせる事です。 しかし、聖霊さまは良心をしっかりと教えてくださいます。

 大事な事は、誘惑と良心の見分けと良心を大切にする心です。 良心というのは、相手に対する愛の心です。 愛はこの世の愛とは違います。 キリストの愛、相手にとって良い事と悪い事を伝える愛です。 その後、本人がどの道を歩くのかは、その人の選択というか生き方です。

 そこまでの事なら、普通の生き方と変わらないように思えますが、普通の生き方であれば自分にとって都合の良い方を選びます。 しかし、聖霊はキリストの心を持って良心を教えて下さいます。 ここが、聖霊と普通の人との大きな違いです。 キリストの心を持つと普通の生き方、自分に都合の良い生き方とキリストの心の間に格闘が起こります。 これは自然な出来事です。

 そこで信仰を持ってキリストの心を選んで生きる事が大切です。 迷うようでしたら、イエスさまに迷いの心をしっかりと伝え、イエスさまから力を頂けば良いのです。

 その聖霊の良心を大切にして生きないと、自分の心の中に二つの心、矛盾な生き方が始まり、キリストの心である良心が分からなくなります。 行動が不安定になって、人を惑わしたり、つまずかせたりしていくのです。 なぜなら二つの心があるからです。

 「私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。 なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この二つは互いに対立していて、そのためあなたがたは、自分のしたいと思うことをすることができないのです。 しかし、御霊によって導かれるなら、あなたがたは律法の下にはいません。」 (Ⅰコリント5章16-18節)

 クリスチャンはイエスさまから戴いた聖霊さまにしっかりと繋がって生きていかいなければ、二つの心の中と悪霊の惑わしに自分が見えなくなってしまうのです。 イエスさまと聖霊様がしっかりと結びついている人には、見える形でイエスさまが光りが輝きます。

 そこにはキリストとの交わりがいつもあるからです。 又それを望んでいる人は教会へ行って学ばれるように祈ります。 教会はその訓練場ですので、良いものと迷いものが混在しています。 求めるものが、しっかりしていれば本当に大事なものが見える力が与えられます。 それは、私たち全ての人がイエスさまを必要としているからです。
また信仰が弱っている人に信仰の回復が行われます。 祈っています。

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