この世の裁き


『イエスは言われた。「わたしがこの世に来たのは、裁くためである。こうして、見えない者は見えるようになり、見える者は見えないようになる。」』(ヨハネ9章39節)

 イエスさまが来られたのは裁くために来たと言われている所があります。 これは滅び行くユダヤ人の民に向かって言われた事です。 イエス様を見て、イエス様と話をし、不思議な業を見たのに信じなかったのです。 それが裁きの始めでした。 しかし、本当の裁きはその後に起こりました。 イエス様の時代に住んでいたユダヤ人社会はローマの国によって滅びてしまったのです。

 正に今の時代もそのようなものなのです。 イエス様の愛されている教会を見て、話を聞いている異邦人たちに向かって、その事を言われています。 ただそこには神さまが期間が決められています。 その期間の終わりまではイエス様のことを家族に、友人に知人に伝えなければなりません。 それがイエス様の心だからです。

 『イエスは、みなの者に言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。 自分のいのちを救おうと思う者は、それを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを救うのです。」』(ルカ9章23-24節)

 イエスさまは上のみ言葉を、みんなのために語られました。 自分の命、自分のことばかり考えている人は、それを失い、イエスさまのために命、時間を捧げる人には命が与えられるのです。 今、この世の時間がある内にイエス様と一緒に歩こうではありませんか。 それが今の裁きなのです。

 2000年前の時代、イエス様のことを見て、聞いた人たちの中にもイエス様のことを信じる人と信じない人とに別れたのです。 それは、その人が選ぶ道だからです。 願わくば全ての人がイエスさまの十字架の愛をしっかりと受け取ることが出来ますように祈っています。

 『だれかが、わたし(イエス・キリスト)の言うことを聞いてそれを守らなくても、わたしはその人をさばきません。 わたしは世をさばくために来たのではなく、世を救うために来たからです。わたしを拒み、わたしの言うことを受け入れない者には、その人をさばくものがあります。わたしが話したことばが、終わりの日にその人をさばくのです。』(ヨハネ12章47-48節)

Leave a Reply

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.