イエス様と私


『彼らは、イエスが生きておられ、お姿をよく見た、と聞いても、それを信じようとはしなかった。その後、彼らのうちの二人が田舎の方へ歩いていたおりに、イエスは別の姿でご自分を現わされた。そこでこの二人も、残りの人たちのところへ行ってこれを知らせたが、彼らは二人の話も信じなかった。』(マルコ16章11-13節)

 イエスさまは十字架に掛かられ死なれ、墓に葬られました。 しかし、三日目に死から甦られ、色々な人にその姿を現されました。 イエス様に直接出会った人は、イエスさまが甦られた事は理解できましたが、話を聞いただけの人は信じませんでしたというのが聖書のお話です。 よく読むと当たり前の事なのです。

 イエスさまは一人ひとり違う別の形で姿を現されたので、理解できなかったのです。 でも大丈夫です。 イエスさまは一人一人に違う形で姿を現されるからです。 あなたの信仰に一番良い形で現されるからです。 そのためには、自分でイエスさまの形を想像し、具体的にどのような方法でと決めない事です。 それぞれに違う形でご自分を現されるからです。

 ただ、イエス様に出会った人の事を出来るだけ信じる方向へ心を傾けることです。 そうでないと何時までたっても、頑固で融通の利かない不信仰なものになるからです。 そんな時は、あなたの言っている事を信じられないと決めないで、心に留めといてください。 その時が来たら明らかになって主を賛美することが出来るからです。

 信じて日々の暮らしを歩みましょう。 神は信じる人と共にいてその確かな事を現されるからです。 どうか全ての人がイエスさまのこの恵みを受けとることが出来るように祈ります。 また弱い私が、またあなたが不信仰に陥らないようお互いのためにお祈りしましょう。 イエスさまがすぐそばにおられるからです。 違う別の形で現される神の恵みから落ちこぼれることがないように祈ります。 今の時代は不信仰な時代だからです。

『彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。 主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。』(マルコ16章20節)

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