主の働きの中で


『そのとき、ペテロは我に返って言った。「今、確かにわかった。主は御使いを遣わして、ヘロデの手から、また、ユダヤ人たちが待ち構えていたすべての災いから、私を救い出してくださったのだ。」(使徒の働き12章11節)
『ペテロはたたき続けていた。彼らが門を開けると、そこにペテロがいたので、非常に驚いた。』
(使徒の働き12章16節)

 面白いと思って聖書を読むのですが、今回もシェアします。 普通、神さまは私たちのお祈りを聞き届けられていますが、時に応じてその対応が違うのです。

 私たちクリスチャンは、お祈りをイエスさまにしていますが、今回はお祈りをされている人も、お祈りをしている人も何が起こっているの事がわからなかったという箇所です。

 今回は、ユダヤ人がクリスチャンに対して迫害をした事に始まります。 先ず始めにクリスチャンの中にある苦情相談役のステパノが殉教し、次に12使徒のヤコブが殉教し、次に使徒のリーダーであるペテロが捕らえられ牢屋に鎖でつながれました。 どう見てもキリスト教が絶体絶命の時でした。 その時、クリスチャン達はペテロのために集まって祈りをしていました。

 ペテロは牢屋で鎖につながれ寝ていたというか?意識を失っていました。 そのペテロにみ使いが現れ、帯をして靴を履きなさいというのです。 その前の状態は鎖につながれて何も自分では出来ない状態でしたが、いきなり外へ出る支度をしなさいと言うのです。 牢屋で訳のわからない事をしている自分が分かりませんでした。 一体何のために牢屋の中で帯をして靴を履いて何をするのだろう?

 そしてみ使いの後について行くと牢屋の外に出たというのです。 外に出て初めて何が起きたのか理解できたというのです。 それまでは夢の中の出来事だと思われたようです。 

 牢獄から自由になったペテロは、仲間が隠れて集まりペテロの為に祈っている所へ直行しました。 ペテロがドアを叩いて開けてくれと行った時、声だけで女中のロダはそれがペテロだとわかったと言うのですが、顔は見ていません。
ロダはその事を仲間に言ったのですが信じてくれません。 それどころか、すぐにドアを開けようとしないで、外にいる人間はペテロと勘違いした人だとか、み使いだとか訳の分からない事を議論しています。
 ペテロは何故? ドアを開けてくれないのかと? 疑問に思いながら叩き続けました。 そこで家の中に集まった恐る恐るドアを開きましたら、ペテロがそこに立っており、大騒ぎになりましたが、ペテロが主のみ業を伝えたら騒ぎが収まったそうです。 その後、主のみ業を人々は感謝したと書いてあればメデタシメデタシですが、聖書は書いていないのです。 それどころか、ペテロはその場所に留まらないで、別の場所に行ったというのです。 クリスチャンの中でも半信半疑だったと思われます。

 それではその歴史がほら話や、単なる噂だったのかというと、そうではなく事実として牢獄の番兵達は事情聴取を受けた後、監視怠慢として死刑判決を受けたというのです。 この事は恐らく、イスラエルに起こった不思議な事件として処置されたようです。

 私は昔起こった出来事は、これで良いのではないかと思います。 信じる人と信じない人に分かれたのです。 今の世の中がそうなのです。 イエスさまの十字架の話を聞いて信じる人と信じない人に分かれるのです。 信じている人の中にも不思議な出来事として残る人もいるし、そんな事はしっかり無視するというか、無関心な人もいます。 それで良いのです。 分からない事は、将来イエスさまが必ず教えて下さいます。
 恵みに受け取れる人と、生きている間に分かるように教えてくださらなかったのかと人のせいにする人もいます。 
これで一体誰が主人なのか? 明らかになります。 イエスさまを自分の仕え人にしようとしている人とイエスさまを主人にしようとしているのか分かりますね。 あなたは一体、どのように考えますか? 聖書はいつも私たちに問いかけているのです。 イエスさまとの関係が良くなりますように祈っています。

Leave a Reply

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.