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 聖書は神さまの言葉です。歴史の初めから終わりまでを記しています。

 『初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、初めに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。』(ヨハネ1章1-4節)

 今、私たちの住んでいる世界は、神さまによって始まりましたが、それと同時に終わりも造られました。 終わりの時とは、黙示録の世界です。 黙示録の世界とは、人を愛する事を忘れ、神さまを忘れた社会です。 神さまがいるのに、いないように生活をする事です。 この世の富の世界で生活を喜び、楽しんでいる人たちのことです。 またそれに従って生活をしている人たちの事です。 終わりの時には下のみ言葉が与えられています。

 『私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。小羊の婚姻の時が来て、花嫁はその用意ができたのだから。花嫁は、光り輝く、きよい麻布の衣を着ることを許された。その麻布とは、聖徒たちの正しい行ないである。 御使いは私に「小羊の婚宴に招かれた者は幸いだ、と書きなさい。」と言い、また、「これは神の真実のことばです。」と言った。』(ヨハネ黙示録19章7-9節)

 小羊とは、イエス・キリストの事です。 イエス・キリストの教えを守ろうとしている人たちの事です。 イエスさまの言葉は何? 教会へ行って、教えを学んで下さい。 行くだけではダメです。 行って、イエスさまはどのようなお方なのか? 自分とイエスさまの関係をしかりしようとする人の事です。 努力ではなく、選択です。 努力は自分の力だけで、そこには神さまがおられません。 

 しかし、生き方の選択をし、その生き方をイエスさまにお任せしながら歩む時に、「イエスさまの心」が理解できます。 後は、イエスさまの下さる聖霊の歩みに身を委ねて生きましょう。

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