愛の成長


 イエスさまを信じると、生き方が変わります。 何故ならイエスさまが共に働いておられるからです。 人間的な愛と神さまの愛との違いを知るためです。

 イエスさまの魅力は誰でも分かる愛です。 しかし、十字架への歩みは人間的な愛をはるかに超えた神の愛です。 私自身がそうでした。仕事が生きる中心で信仰は二の次でした。 特にクリスチャンが生きていくのが難しい国です。 イエスさまが一番の生き方にならないのです。 口ではイエスさまが一番と言っていますが、生活はイエスさまが二の次です。
 ここに生活ギャップがあります。 自分はイエスさまが一番といっているけれど、そうでない生活をしている。 その差は、自分が気付く事以外にないようです。 人に言われると、そうではないと弁解をし、ひねくれるのです。 素直ではな無くなるのです。

 人が素直に生きる事はイエスさまが望んでおられるからです。 素直に生きるというのは物事を単純に考える事が出来るということです。 単純に神さまに従っていくという事です。 それ以上何も無いのです。 その後は、その神さまに従って生きるための色々な工夫です。

 イエスさまと一緒に生きる工夫は、すぐには成果が出ません。 それを続けていく所に自分ひとりだけではなく、他の人の助けが不可欠なこと、自分の弱さが明るみにされます。 それを続けてイエスさまの助けを願い求めていくところに神さまの栄光を見ることが出来るのです。

 自分を含め人は勘違いをします。 イエスさまのように生きようと思い、イエスさまを演じようとしますが、出来ない自分がいるのです。 それは自分はイエスさまでは無いからです。それで良いのです。 その中でイエスさまと一緒に生きるのです。 あなたの弱い所は既にイエスさまはご存知ですから、しかしその弱い所を頑張るのではなく、弱い所をイエスさまに差し出すのです。
 それは、神の栄光が見えるためです。 神の栄光は人が作り出すのではなく神が作り出すものです。 イエスさまは神の栄光を私たちに見せて一緒に喜びたいのです。 それは、イエスさまの愛です。 

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